「FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」
著者 ハンス・ロスリング
ざっくりな感想
わりと断定的に「世の中こんなもんだ」とか「みんな、こう思うよね」とかっていう思い込みに異を唱え、「これまで蓄積されたデータ(事実の蓄積)」を意識して世の中を見直すと「あぁ、なるほどね。」と、案外と世の中の見方がちょっと違う角度で観ることができるようになりました。
書籍の構成について
目次はこんな感じです。
イントロダクション
第1章 分断本能 「世界は分断されている」という思い込み
第2章 ネガティブ本能 「世界がどんどん悪くなっている」という思い込み
第3章 直線本能 「世界の人口はひたすら増える」という思い込み
第4章 恐怖本能 「実は危険でないことを恐ろしい」と考えてしまう思い込み
第5章 過大視本能 「目の前の数字がいちばん重要」という思い込み
第6章 パターン化本能 「ひとつの例にすべてがあてはまる」という思い込み
第7章 宿命本能 「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み
第8章 単純化本能 「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み
第9章 犯人捜し本能 「だれかを責めれば物事は解決する」という思い込み
第10章 焦り本能 「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み
第11章 ファクトフルネスを実践しよう
おわりに
付録
脚注
出典
合計10個の「思い込み」を紹介して、その後でデータを示して、「あなたが今まで思い込んでいた世界って実は結構違いますよ」と案内する書籍ですかね。
どんな本か
売れ行き
日本では100万部以上、売れているそうです。
内容
割と私たちって、自分の経験則に基づいて世の中を知ったような気になっていると思うのですが、「データに基づいて世の中を眺めると自分の経験則って案外当てにならないもんだ」ということに気づかせてくれる。
この本を読んだ後に気づいたこと。いや以前から気になっていたこと。
”第2章 ネガティブ本能 「世界がどんどん悪くなっている」という思い込み”が読了後に印象に残ったので実践してみました。
わたくし、住まいに近い居酒屋や喫茶店へよく行きます。地元はそんなに都会じゃないので個人経営が多いんです。概ねのお店にはテレビが設置されており、テレビ番組が流されています。
お店を訪れた時間帯が、たまたまニュース番組の放送時間に重なれば、ニュース番組がかかっています。で、常連客がニュースを見ながら概ね口にするのは、
「最近、嫌な事件が多いね」とか
冬になれば「最近、火事が多いね」とかです。
ニュース番組以外でも、トーク番組などで、ある大物タレントが「昔のテレビは無茶ができて良かった」という話をしているときも見かけます。
居酒屋で年上の方がよく語るエピソード集のなかに「昔語りジャンル」があります。
「あの頃は良かった。今は〇〇がダメだ」
「俺(あるいはわたし)が若かったころは、こんなに楽しかった。でも今は楽しくない。」など。
ファクトフルネスを読む前はあんまり考察もせずに
「へぇ、そうだったんですね」とか軽い相槌を打ちながらも「本当に昔は良かったのかなぁ」という違和感もなんとなく抱いておりました。
本当に「最近、嫌な事件が多いね」なのかをデータを元に検証する
そこで、私がファクトフルネスを読んだ後に実践してみたのが検証作業です。本書の”第2章 ネガティブ本能 「世界がどんどん悪くなっている」という思い込み”で語られている「ほとんどの人は犯罪は増えていると思い続けている」で試しました。
第2章で興味深かったのが、アンケートの結果です。
著者はアメリカ人なのでアメリカ人を対象にして「去年より今年は犯罪は増えていると思いますか」というアンケートを行うのですが「増えている」という回答をする人が2015年時点で70%くらいでした。
が、しかし、実際のアメリカにおける犯罪件数は1990年から2015年においてデータ上では多少の前後はありますが右肩下がりで減少しているということでした。警察のデータに改ざんがなければの前提ですが。
したがって、アメリカ人が考えているアンケート結果の数値(犯罪は増加していると思っている)と、実際の犯罪件数の減少という点において乖離が生じていることがわかります。
というわけで、じゃあ、日本はどうなんだと気になって、私も日本の警視庁とかのWebサイトを見てみました。
「日本では、本当に最近、犯罪件数は多いのか」を調べた
結論:警視庁やら、大学のWebサイトのグラフなんかを見た結果、犯罪件数は減少傾向にありました。
戦争が終わった1945年あたりから2020年、多少の前後はありますが、アメリカと同様に右肩下がりで減少しています。事件別(軽犯罪やら、重犯罪とか)でも減少傾向にあるという印象を受けました。ただしデータに誤りが無ければですが。
仮説を立てる。「実際は犯罪件数は減少傾向にあるが、私たちが犯罪件数が増えていると思う」のワケ。
ここからは私の仮説と推測になります。
「実際の犯罪件数は減少傾向にあるが、私たちが事件が増えているいると思うワケ」に思考を巡らせます。
「ニュース番組の時間枠は、昔も今も変わらないんじゃないかな」という仮説。
私の体験ではニュース番組の時間枠って、30分とか1時間だと思います。読売新聞の紙面も35ページ前後という認識でおります。で、昔は犯罪が多かったとしても、ニュース番組の時間枠、新聞の紙面のページ数に限りがあるため、すべての事件を報道する情報量が分散され少なかったんじゃなかろうかという仮説です。で、今は、事件数も減少傾向にあるので、マスメディアが取り上げる事件についても昔と比較して、「深堀り」できる。テレビ番組の時間枠は昔と変わらない。でも事件数が少ない分、ひとつの事件に対して深堀できる放送時間(新聞で言えば紙面)が増えたのではないかと考えました。深堀りできるので、マスメディア各社の取材も昔と比較して多くの時間を費やすことができるのではないかと考えました。
受け手の印象
ここで言う受け手は、ニュース番組を見る人、新聞を読む人を指します。2022年時点でのニュース番組に対する私の印象を記しますが、おそらく、昔に比べて「取材範囲が広くて深い、そして、見ている側に結構な印象を植え付ける」という仮説を立てました。前述したように、事件が減少傾向にある分、マスメディアは一つの事件を深堀りして取材できるし、事件が減少した分、ひとつの事件に対して多くの時間枠を確保できる。新聞の場合は多くの紙面を確保できるのではないかと推測しました。
「実際は事件は減少傾向にあるが、私たちは事件が増えていると思う」のワケのまとめ
昔=30分のニュース番組の時間枠に「5件」の殺人事件のニュースを盛り込んでいた。
今=30分のニュース番組の時間枠に「1件」の殺人事件のニュースを盛り込んでいる。
という仮説が成立するのであれば、現在の1件の殺人事件の情報密度が昔と比較すると大きい。(事件数が少ないのでマスメディアもひとつあたりの取材に多くの時間をさける)
1件の殺人事件に対しての放送時間が長くなっている。(殺人事件の件数が5件から1件に減少したことで、1件あたりの殺人事件における放送時間枠が長くなる)
ということが言えるのではないかと推測できます。
もう少し深堀して思考する
で、私の仮説への思考はもうちょっと続くのですがマスメディアで、取り上げられる犯罪というのに種類が多くなってきたなということです。
何が言いたいのかと申しますと、昔は「殺人事件」が多かったがために性犯罪や、虐待系、交通系の犯罪、その他もろもろまでに警察が手が回らまかったのではないかという推測です。で、今は「殺人事件」が減少傾向にあるために、より市民に近い犯罪への取り締まり、抑制などに警察も活動の範囲を広げることができ、犯罪の種類が細分化され、整理されてきているのかもと思う次第です。
「警察は税金ドロボーだ」と考える人は、少し考えを改めてみる
2010年くらいに居酒屋で飲んでいたころ、ご年配の方が警察を税金ドロボーだという発言をよく聞いていたものです。とは言え、仮に私が先述した仮説が正解だとしたら、「警察は昔も今も素晴らしい活躍ぶりで我々の生活を守ってくれていますし、その守り方も進化している」のです。
戦後、混沌として犯罪も多発していた時代から、科学、倫理、など様々な学問を警察活動の改善に組み入れ、今に至って、私たちの生活を見守ってくれているのかもしれません。
昔は本当に良かったか
私自身の経験則から考えると、昔より今の方が良いです。
クリエイターとしての視点で昔と今を比較する
コンピュータを使ってWebデザインをやったり、動画を作ったり、絵を描いたり、ストリートダンスをしている身としては、創造できる対象が拡大していると実感しています。
Webデザイナーとしての実感
2000年頃はWebデザインも言語の書き方が統一されておらず少々手間がかかっていました。今はだいぶ体系化され整理され、昔と比較するとデザインがしやすい。2010年前後はスマートフォンが登場し、スマートフォン用のデザインも試行錯誤しながら作ったもんですが、今はスマホへの対応もだいぶ整理されており、昔より今が良いです。
動画製作者としての実感
2000年頃は高額なビデオカメラを購入して録画して云々でしたが、「動画を創る」という行為がだいぶ身近になってきたなという実感です。今はスマホで録画をし、スマホアプリやパソコンで、編集して、Youtube、Facebook、TiktokなどSNSで発信ができる時代です。こんなことを体験していると、昔より今が良いです。
絵師としての実感
私はパソコンを使って絵を描きます。つまるところ高額な画材を購入しなくて良いんです。画材が無い分、場所も取らず、絵を描くという行為も、だいぶ気軽にできるようになったと実感しています。昔より今が良いです。
ストリートダンサーとしての実感
2000年頃はストリートダンス教室が少なかったんじゃないかなぁと推測しています。当時、社会人になってから挑戦したいという人もいらっしゃったと推測していますが、スクールを探すのに苦労していたんじゃないかと。2000年代ダンススクールと言えば、やはりバレエとか、社交ダンスとか、ジャズダンスとかだったんじゃないかなと推測します。しかし、私がストリートダンス活動を開始した2012年頃は意外にも家の近所にストリートダンススクールがいくつかあり、通うことができました。また、今でこそ「あの曲のあのダンスの振付を覚えたい」ということであれば、Youtubeでレクチャー動画を掲載している人もいるのでありがたい。先生が実質的に増えているのです。昔はやっとこさ手に入れたビデオテープの動画を、それこそスロー再生を何回も見て研究して、やっと「こうゆう動きなんだ」と理解できたという先輩方もいらっしゃいます。ビデオテープがボロボロになるまで繰り返し見るという行為があったのです。今はそんなことがない。だから昔より今が良いです。
総合的に昔より今が良い
やはり全体的に生きる上での基本である衣食住、およびそれに関連する人類活動全体が昔から今、そして未来に向かって進化している。その進化の速度がそれほど日々実感できないのは毎日少しづつ進化しているからです。多分。昨日と今日はあまり変化が無いかもしれませんが1年、5年、10年と振り返ると大きな変化が生じていることが実感できると思います。かたつむりが歩いているみたいに。
おわりに
多視点かな。
仲の良い友人知人が語る話に基づていて世の中を視るでも
自分の考えを軸に世の中を視るでも
書籍、マスメディア、インターネットの記事を軸に世の中を視るでも
世の中の視方はいろいろなモノサシが存在しております。
その視方の一つの中にファクトフルネスのような「蓄積されたデータ」をモノサシにして世の中を計る視方もあるということかなと考えた次第です。
かくいう私もいままで「蓄積されたデータ」をモノサシにして世の中を眺めたことがなかったので、これまでの視点がひとつ増えたかなと実感しました。
世の中の眺め型の視点が増えた一冊でした。
では、また。
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